夏の終わりに、テント泊であこがれの剱岳へ登ってきました。

山行記録
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2023年の8月下旬、北アルプスは立山連峰、岩と雪の殿堂として知られる剱岳に1泊2日の行程で剱沢にテントを構え、別山尾根ルートで登ってきました。

国内一般登山道としては最難関ルートと名高い別山尾根。最難関とは何たるかを、この身と精神力を犠牲にし体感してきました。腹の底から込み上げてくる恐怖を感じたのも今回がはじめて。

さすが剱岳はん。

許すまじ、カニのヨコバイ。

8月も下旬となると一部では秋の気配がちらほら。そんな季節の移り変わりも感じた、剱岳登山となりました。

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剱岳登山のログなど

今回の剱岳登山のログや諸経費は以下。

大阪から富山(高速バス)6500円
電鉄富山‐立山(往復)2460円
立山黒部アルペンルート7380円
剱御前小舎400円
剱沢テント泊1000円
剣山荘(コーラ&手ぬぐい&ステッカー)2600円
みくりが池温泉(入浴&アイス)1400円
富山から大阪(電車)8800円
合計30540円
剱岳登山の諸経費

剱岳登山の発端

登山をはじめてからというもの、何となく目標に据えているというか、登りたいなーと釈然と考える山や縦走は常にあって、時に槍ヶ岳だったり、表銀座縦走だったり、剱岳だったり。

何回か登った槍ヶ岳はともかく、剱岳は国内の一般登山道最難関コースとして名高く、滑落事故多発という情報だけは何故かひとりでに耳に入ってきていて、はたして自分に登れるのだろうか。という疑念と、もしもの不安から自然と足は遠ざかっていた。

そんな中到来した2023年8月下旬。2023年の夏は良くも悪くも、本当にお天気に恵まれた。

それはともかく、当初考えていた計画は裏銀座ないし笠ヶ岳-双六岳あたり。けれども裏銀座は水不足かつ妹が同行希望(今回はよせ)、笠ヶ岳方面は秋がよかろう。ということで、ふと目標からそっとフェードアウトさせていた剱岳が脳裏に浮かんできた。

何年か前に白馬三山縦走をした時「どうせ登るやろ!」と剱岳の登山バッジを購入していたことが、今になってふいに呪いのように襲いかかってきた気分。

てなわけで、1泊2日もしくは2泊の行程を想定して大阪から富山までの夜行バスを予約。1週間前からはルートの見直し、夜行バス車内でも劔岳の登山動画やルートの情報を調べたり。

とりあえず何を調べても不安が払拭できないまま、1ヶ月ぶりの室堂に到着。

夜勤明けの眠気と疲れもいつも通りご同行。

秋めく室堂を後に、まずはテントを担いで剱澤キャンプ場へ

てなわけで1ヶ月ぶりの室堂

心なし草が紅葉しているような気がする・・。夏が終わる・・・。相変わらず山の夏は駆け足。前髪は掴めるけれど油で滑るみたいな印象。

今回の剱岳登山の行程としては、1日目に室堂から剱沢小屋まで移動してテント場にて1泊、2日目に剱岳に登頂し、剱沢小屋のテントを回収し室堂に戻るという剱岳登山としてはオーソドックスなもの。

体力や日程に余裕があったり、小屋泊の場合は1日目に室堂から雄山・大汝山・富士ノ折立などを周回して剱御前小舎内蔵助山荘(くらのすけさんそう)に宿泊するとより立山を満喫できるよう。

今回、実は3日間の休みを確保していたのだけれど、剱岳登山に全振りした結果それ以外の登山を考えていなかったという余裕の無さ。1泊2日で帰りました。

今度室堂に来たときはどこかしらの小屋に泊まってのんびり周遊したい。

本題に戻りまして、室堂からはみくりが池を経て雷鳥沢キャンプ場へ。相変わらず高低差がきつい階段地獄。登る人はこの階段で根こそぎ体力を地獄谷に吸われていく。というくらい皆の表情は虚無。

雷鳥沢キャンプ場の色とりどりのテントを後にして、新室堂乗越方面へ。

雷鳥沢キャンプ場から剱御前小舎への最短経路は別山乗越を目指すルートだけれど、どうせなら今後通らなさげなルートを歩きたくなったので新室堂乗越方面へ。さほど大きな発見はなし。強いて言えば直登ルート(雷鳥沢キャンプ場‐別山乗越)に比べると傾斜が幾らか緩いくらい。

どちらにせよそれなりの勾配で剱御前小舎がずっと見えているのがきつい。そして台風の影響で湿った空気が入り、昼前からは高曇りの予報。遠くに見えていた立山や浄土山は総じて雲の中へフェードアウト。

剱御前小舎に到着したのは11時30分頃。概ねコースタイム通り。山小屋で初めていちごオレを売っているのに感動して早速購入(400円)。さっさとテントを張りたかったので、いちごオレをザックに収納して剱沢キャンプ場へ。

剱御前小舎から剱沢までは下るだけの単調なルート。

遠くには今回の登山の目標である剱岳が鎮座していて、なんとなく待ち受けられている気分になった。

13時頃にはテント場に到着。すでに数張りテントがあったけれど、どうやらほとんどが剱岳にアタック中か、アタックしてもう1泊という感じ。ステラリッジを幕営し、ガスに巻かれる剱岳を見たり、映画を観たり、タイムラプスを撮るなどしてのんびり過ごした。

ちなみに剱沢の水場は煮沸推奨と登山地図には記載が歩けれど、剱沢の駐屯所のスタッフ曰くそのまま飲んでもなんとも無いとのこと。

確かに何とも無かった。

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剱沢から念願の剱岳へ。

夜中一度目が冷めた時には、すでにガスは取れていた。別山方面を振り返るとオリオン座が煌々と輝いていた。

予定では3時30分頃に剱沢を出発する予定にしていた。けれどいつも通りダラダラして、結局剱沢テント場を発ったのは4時すぎのこと。辺りは暗いけれど、すでに一服剱までの剱岳登山道にはヘッデンが明かりがチラホラ。

剱沢のトイレはどれも和式で、剱岳登山前に使うには正直耐え難いものがあった。今後宿泊する時は剱岳に最寄りでシャワーあり、水洗トイレありの剣山荘を検討。

一服剱までの鎖場は正直鎖が無くても問題ないくらいの難易度。一服剱から前剱まではさほど難所もなく、前剱到着。このあたりですでに日が出ていたので、アタックザックに入れていたカメラを取り出して剱沢方面やこれから登る剱岳を撮影。

剱岳の核心はここから。剱岳まで9つある鎖場を一つ一つクリアしていった。正直鎖があることで変に頼ろうとしてしまうけれど、どの岩場も手がかり・足がかりがあって登りやすく下りやすい場所が多かった。無論一発アウトな箇所しか無かったのは怖かった・・。

そして剱岳登山一番の難所。カニのタテバイである。先行する男たちの尻と岩壁を見上げていた。「自分はこの日、あと何回この男たちの尻を見上げるのだろう。」なんてことを思いながら取り付き。後続がいなかったので焦ることもなく、怖気つくことなくタテバイはクリア。

この後無駄に滑る鎖場で右ひざを強打するというアクシデントに見舞われつつ、無駄に長いガレ場を超えて、ついに剱岳(2999m)に登頂。もちろん三角点にもタッチ。帰ったら剱岳点の記を見ようと誓い、しばしの休憩である。

後立山連峰や富山湾、遠くは笠ヶ岳や槍ヶ岳、富士山なども見渡すことができた。快晴ではなかったけれど、どこか秋を感じる空模様だった。

剱岳登山で一番怖かったポイントはカニのヨコバイだった。

腹の底から産まれてきた「あーこわ。」の声は一生忘れない。そしてどこかで道を間違えて下山ルートから登ってきたオジサマの存在も一生忘れない。どうすれば剱岳の登山道を行き間違えるのか甚だ疑問である。あの後きっとカニのヨコバイで悶着があったんだろう。

カニのヨコバイの一連の鎖・はしごを終えると登山道はほぼほぼ一般道のような難易度。唯一の注意点は前劔から一服剱までのザレ場だろう。気を緩めればそのまま滑落しそうな位には浮石が多かった。

延々と続くアップダウンにも、無駄に近づいてくる後続の男たちに尻を眺められるのにも飽き飽きしてくると一服剱に到着。何事も適度な距離感てあるでしょうに・・。剣山荘に到着してようやく本当の一服だった。

剱岳登山を終えて室堂へ下山。

ここからはただのエピローグ。

福岡から来た殿方は立山で5泊過ごすようで、あともう1泊して立山を周回するようだった。自分はというと痛打した右ひざや無駄に重たいテント泊装備を憂いて、もう1泊するでもなく剱岳登山後に帰るつもりでいた。正直気は進まなかったし、翌朝も元気はつらつに別山へ闊歩している自分を想像できなかったので、大人しく帰ることにした。

剱御前小舎で購入したいちごオレが本当に身体に染み渡った。

テントを撤収し、剱沢から剱御前小舎までの永遠とも感じる登山道を歩き、雷鳥沢へと続く無限の下りを乗り越えた頃には重たい荷物にも、微妙に背面長があっていないバルトロにも、雄大に感じていた景色にも飽き飽きしていた。

バルトロは今買うと高いからと躊躇っていたけれど、やはり処分しようかな・・。

雷鳥沢から続く地獄の階段を乗り越えて、みくりが池温泉で汗を流し、ちょっと氷っぽいブルーベリーソフトクリームを流し込んで今回の劔岳登山は無事に閉幕。カニのヨコバイの恐怖が残っているうちは、剱岳への再訪は見送り。

この登山後、普段の登山では感じることのない筋肉痛を味わった。

右ひざには未だ違和感の土産が残っている。

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