solo in the mountain#8を公開!
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山行記録

白銀に包まれた伯耆大山。頂上を踏むことなく無念の撤退を。

山行記録
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中国地方最高峰である伯耆大山。その土地柄、大陸からの季節風が吹きすさぶことから、冬季には安定した積雪があります。その為関西に住む方達の冬期登山の登竜門として、人気の高い存在です。

積雪期の大山自体は昨年に一度登っていたのですが、年末年始の積雪期登山に向けた訓練の一環として一度登っておこうと思っていました。この「登っておこう」という生半可な気持ちが、きっと山の神に知れたのでしょう。無念の撤退となりました。

今回は特に学ぶことの多かった、敗退記録です。とほほ。

まずは大山について

大山(だいせん)は、日本の鳥取県にある標高1,729mの山。成層火山であるが、活火山としては扱われていない。鳥取県および中国地方の最高峰でもある。角盤山(かくばんざん)とも呼ばれるほか、鳥取県西部の旧国名が伯耆国であったことから伯耆大山(ほうきだいせん)、あるいはその山容から郷土富士として伯耆富士とも呼ばれる。日本百名山や日本百景にも選定され、鳥取県のシンボルの一つとされている。(引用:wiki)

米子市内であればきっと、どこからでもそれと分かるであろう大山。伯耆富士と言われる理由も納得の中国地方最高峰の山です。こういった山にありがちな山岳信仰もやはり当時から盛んだったようで、大山の麓には大山寺をはじめ信仰があった名残を垣間見ることができます。

最高峰は剣ケ峯ですが、崩壊が激しい事や古くから祭事が行われていたことから弥山が山頂となっています。

今回のルートとコースタイム

普段であれば米子駅から大山寺行の始発バスで行くのですが、夜行バス到着時間から2時間近く待合室で時間を潰すのがどうも勿体なく感じたので、米子交通のタクシーで大山の夏山登山口まで乗り込みました。米子駅から大山夏山登山口までの運賃は6500円程度でした。

大山夏山登山口(5:51)⇒大山2合目(6:19)⇒大山5合目(6:54)⇒六合目避難小屋(7:09)⇒大山9合目手前(7:51)⇒大山夏山登山(9:30)

総行動時間は約3時間40分。道中写真撮影だったり、小休止を挟んだりしているのであくまで参考程度に。

 



伯耆大山登山記録

恐怖のブナ林独り歩き。

真夜中の林道歩きはどうしてもこうも怖いのか。霊的な恐怖や、冬眠していない可能性のある熊への恐怖を感じつつ、ヘッドランプの明かりを頼りにしながら、黙々と歩くことを続けていました。

大山夏山登山道の道中には阿弥陀堂など、歴史ある大山文化財が幾つかあります。しかしそういった建物にロマンを感じるのはあくまで心に余裕がある時に限っていて、真夜中の林道歩きにあたっては恐怖の対象にしかならないと思うのです。

恰好の怪談ができそう。

そうこうしている内、辺りが薄っすらと明るくなってきました。大山の麓に広がるブナを中心とした広葉樹林が分かるようになってきます。積雪期の霧氷を目当てに登山をするのであれば、日の出前からの行動をお勧めします。

曇天の中拡がる霧氷の世界

日の出時間を迎えて少しすると、辺りの状況があらわになってきました。周囲の木は真っ白け。所謂霧氷というやつです。天気が良ければなお綺麗に映るのでしょうが、お天気は御覧の通り。

この日の大山では氷の女王が姉妹ケンカでもしていたのではなかろうか。

この日の天気は絶好調の曇り。大山を登っていると丁度右手側が日本海?側に当たるのですが、そこから吹きすさぶ風の音がえげつない。それに加えて向こう側に見える峰にかかっている雲の分厚さを考えると、この先視界不良になることは必須。とりあえず行けるところまでは行くことに。

日の出前から出発したこともあってか、トレースは一人分のみ。踏み固められていない新雪ということもあり。いつもより体力の消耗が激しく感じたように思います。樹林帯歩きも5合目を過ぎるとほぼほぼ尾根沿い。行く手の暴風加減が音で判断できました。

完全に樹林帯から出る、6号目の避難小屋で撤退か否かを考える方がよさげですね。

6合目避難小屋からは少なめの積雪量。

大山では山頂までありがたいことに?しっかりと何合目かを記した標識があります。疲れている時にはあまり有難さを感じた事のない標識です。大山夏山登山口から山頂まで、トイレのある箇所はこの6合目避難小屋しかありませんので、是非とも出すものは出して山頂アタックに臨んでください。避難小屋のトイレ自体は、山のトイレに慣れていれば差支えないかと・・(笑)

曇★天

登れど登れど、大山の稜線は一向に見えてこない。この大山登山中、見事な稜線は一度も拝むことなく終了となりました。

当初の予想に反して、そこまで視界不良や暴風に晒されるということもなかったので、ひとまず行けるところまで行くことに。

改めて考えると、稜線が見えてこない以上この先の酷い状況を予想できそうなものですが・・。何事も経験でしょう。

例年であれば、6合目避難小屋からはダイセンキャラボクも雪に埋もれていたように思いますが、この時は未だ積雪の無い時期だったので御覧の通り。トレースが少なく、アイゼンでは踏ん張りの効かない斜面が続きました。ワカン持ってきとけばよかった・・。自分の準備不足を悔やみつつ進みます。

来たる暴風とホワイトアウト。

7合目に向かうあたりで時折もろに暴風をくらうようになりました。辺りをダイセンキャラボクに覆われている場所もそこそこあったので、8合目あたりまではとりあえず無事に登ることができました。

しかしトレースがない心細さだったり、時折吹く暴風。あたりが次第に見えにくくなってきているという状況に、徐々に心が折れそうに。終いには御覧のあり様。

8合目を過ぎて、周りを覆っていたダイセンキャラボクが無くなり、先程の暴風を一身に受けることに。足場は踏み固められておらず、たまに踏み抜くことが多くなりました。

なんてこったい。

積雪期登山での注意点の一つに、風でトレースが消えるというのをどこかで目にした気がしましたが、この日それを体験しました。そして暴風に乗せられた氷の粒が頬にあたりこれがまた痛い。バラクラバとサングラスで急場は凌ぎましたが、ついに撤退することを決めることに。

久々に感じる死の恐怖

そして撤退を決めた場所が丁度ここ。進むべき道が見えない。そして、風に煽られてそのまま左側に切れ落ちた崖に落ちるのではーという恐怖心から

撤退

を決定しました。

悔しさが残る無念の撤退でした。

生きていればまた登れる。と撤退時の捨て台詞にはよく聞くセリフですが、自分を納得させるには一番しっくりくる文言ですね。これ。(笑)

今回の撤退にあたり、準備不足だったり経験不足ということも勿論撤退の要因になったのでしょう。良い経験として、次の積雪期登山に活かしたいと思います。

色々な不足点を取り除いても、今回の登山はどうにもならなかったと思います・・。(笑)
自然にはかないませんね

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

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yuruyama

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